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青森地方裁判所 昭和23年(行)19号 判決 1948年12月10日

青森市大字大野字長島百番地

原告

伊東武

被告

青森市長 横山実

右訴訟代理人弁護士

葛西千代吉

内野房吉

右当事者間の昭和二十三年(行)第一九号市民税賦課無効確認請求事件につき当裁判所は次のように判決する。

主文

被告が昭和二十三年三月十日原告に「原告が昭和二十三年三月四日限り昭和二十三年度青森市市民税金百四十七円十銭を青森市金庫に払込まねばならない」という昭和二十三年二月二十七日附徴税令書を送達することによりした市民税賦課処分が無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求める旨申立て其請求の原因として原告は青森市で独立の生計を営む者であるが被告は昭和二十三年三月十日原告に「原告が昭和二十三年三月四日限り昭和二十二年度青森市市民税金百四十七円十銭を青森市金庫に払込まねならない」という昭和二十三年二月二十七日附徴税令書を送達することにより市民税賦課処分をした。

ところで右賦課処分は昭和二十三年二月二日青森市議会で議決され、告示の日から施行される青森市民税賦課方法条例中一部改正条例に基きなされたものであるが、該条例は地方自治法第十四条第二項、第十六条地方税法第六十二条乃至第六十六条青森市公告式(青森市条例の一種である)によりこれを青森市役所掲示場に掲示して公告することを要するに拘らずまだその公告がなされていないから該条例はまだその効力を発生しない。

従つてかような条例に基く本件市民税賦課処分も亦法律上当然無効であるから、これが無効確認を求めるため本訴に及ぶと陳述し、立証として甲第一乃至第七号証を提出し同第一号証中二月二十日欄下部の「其の他」という文字は本訴紛争発生後何人かが本件告示があつたことを偽装するため記入したもので記載インクの色がその上部のそれと違つている。又同第七号証裏面は真正に成立したものであるがその表面は裏面に比し甚だ不備杜撰で本件紛争発生後何人かが証憑烟滅のため作成備付けたものである。証人大島牧、西山良夫、工藤信男の各供述を援用する。乙第二号証(甲第七号証表面に当る。)は不知、爾余の乙号各証の成立を認める。証人楢崎友治、江口梅太郎の供述は何れも偽証であると陳述した。

被告訴訟代理人は先ず本案前の抗弁として原告の訴を却下するとの判決を求め、その理由として、凡そ原告主張のような市民税の賦課を受けた者がその賦課につき違法又は錯誤があると認めたときは徴税令書の交付を受けた日から三十日以内に市長に異議の申立をし、その決定に不服があるときは県知事に訴願しその裁決に不服がある場合始めて裁判所に出訴することができるに過ぎないことは地方税法第二十条の明定するところでこの手続を経ないで、直接当裁判所に提起された本訴は不適法として却下の運命を免れないと陳述し、本案請求に対し原告の請求は相立たない。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として青森市で独立の生活を営む原告主張のような条例に基きその主張のような市民税賦課処分をしたことはこれを認めるが、該条例はその主張のような法規により昭和二十三年二月二十日青森市役所掲示板に掲示してこれを公告したからまだ公告しないことを前提とする本訴請求は失当であると陳述し第一号乃至第四号証の各一、二、第二号証第三号証の一乃至三を提出し証人楢崎友治、江口梅太郎の各供述を援用し甲第一乃至第四号証は不知、同第五号、第六号証、第七号証の裏面の各成立を認める同表面(乙第二号証に該る)も真正に成立したものであると陳述した。

理由

そこで先ず本案前の抗弁の適否について按ずるに成程地方税法第二十条は「市税の賦課を受けたものがその賦課につき違法又は錯誤があると認めたるときは徴税令書の交付を受けた日から三十日以内に市長に異議の申立をし、その決定に不服があるときは更に県知事に訴願し、その裁決に不服があるとき始めて裁判所に出訴することができる」旨規定しているがこの規定は市税の賦課処分にその取消又は変更の原因となるに過ぎない違法又は錯誤がある場合、換言すれば該処分が取消又は変更されるまでは一応その効力が保持される場合に限りその適用があり本件訴旨のように行政処分が法律上当然無効であると主張しその確認を求める場合には本来その適用の余地がないものと解しなければならない。

蓋し行政事件訴訟特例法第二条が行政処分の取消変更を求める訴の提起期間を制限しながら行政処分の無効確認を求める訴につき何等言及していないのも要するに行政処分の無効は何人から何人に対しても何時でも主張することができることを前提としたものと観ねばならないしこの理は又一般に特別法で行政訴訟の提起期間を制限している場合にも当然当て嵌まるものと解しなければならないからである。

よつて被告の抗弁は採用するに値する理由に乏しいものといわねばならぬ。

そこで進んで本案請求の当否について稽えるに昭和二十三年二月二日青森市議会で告示の日から施行される青森市民税賦課方法条例中一部改正条例が議決されたことは当事者間に争がなく一般にかような条例は右議決後これに市長又は代理人において署名の上青森市役所掲示場に掲示して公告しなければならないことは地方自治法第十四条第二項、第十六条地方税法第六十二条乃至第六十六条青森市公告式(青森市条例の一種)により明瞭でかような公告は法律でいえば公布に該当し外部に対する効力発生の絶対要件であり又その施行の必須の前提要件でもあることは勿論でこの公告を欠く以上議決された条例も竟にその効果を発するわけがないことは贅言を要しないところである。

今これを本件について観察するに証人江口梅太郎は原告が極力その成立を争う甲第七号証表面(乙第二号証と同一書面で「青森市市民税賦課方法条例中一部改正条例写」)は成立に争がないその裏面(「青森市会計規程中一部改正規程写」)と共に何れも一括して昭和二十三年二月二日青森市役所に掲示された原本の写本で各原本は各写本と同様の書面であつた旨供述するから今これらの写本を対比するに右裏面は証人福島健治の供述により真正に成立したと認め得る甲第一号証(昭和二十三年度告示指令証明番号簿)中「二月二十日欄第八号青森市会計規程一部改正規程」という文字のインクと一見同一インクで記載されこれに公布日記入、市長の記名、市長、助役等係員十三名の捺印があり且各捺印の朱肉が概して紙背に浸透し原本の写本としては一応その体裁を具備したものということができ延いてその原本作成及びその適式な掲示があつたことをも想像するに難くないが、右表面は鉛筆で記載されこれに収入役以下三名の係員の捺印がある(但し朱肉は紙背に浸透しない)のみで公布の記入や,市長、助役等の捺印も欠如し写本自体としてもその形式は甚だ不完全であるから適式な原本の作成、その掲示は勿論右写本に相当する原本の作成掲示すら果してあつたかは頗る疑わしく或は後日何人かがその責任を免れるためかような不完全な写本を作成したものではないかとの疑念を抱くのは必ずしも不自然ではない。

又証人江口梅太郎は前記甲第一号証(昭和二十三年度告示指令証明番号簿)中「二月二十日欄第八号青森市会計規程一部改正規程其の他」中本件告示をも包含する旨供述するが証人福島健治の「江口財務課長がその他にも告示した書類があるから「其の他」と記入しておけというから記入したまでで果して当該告示があつたかどうかは全然与り知らない」との供述に、「本件市民条例の告示の重要性は青森市会計規程のそれに比し寸毫も遜色がないこと勿論であるから、後者の告示証明簿に歴々と記載証明されているに拘らず前者のそれはただ「其の他」という簡単な三字の中に圧縮包含されるだけで沢山だという議論自体は相当不自然である点」を参酌すればこの点に関する証人江口梅太郎の供述も亦措信し難い又証人楢崎友治は、昭和二十三年二月二十日頃財務係長として執務中江口財務課長の命により青森市役所掲示板に前記甲第七号証表面(乙第二号証)写本の原本を貼付掲示した旨供述するが当時同証人がまだ財務係長としてこの事務を採つていなかつたことは前記甲第七号証表裏二通の書面に本来、財務係長としての同証人の捺印がなければならない筈なのに全然これを欠如している点から観ても明らかである(尤も成立に争がない乙第四号証の二には昭和二十三年一月十五日同証人が財務係長に転務した旨の記載があるが、その下部に同証人の捺印がない等の点から観れば同書証は同証人が同日以降従つて同月二十日当時財務係長として執務していた証左とするに足らない)から同供述はそのまま肯定することができない。

その他被告の挙示援用にかかる全証拠を以てしても被告主張のような適式な原本作成及びその掲示があつた事実を認めるに足らない。却つて叙上各推認又は疑問事実に証人西山良夫、大島孜、工藤信男の各供述を斟酌綜合すればかような事実が全然なかつたものと確認するを相当とする。

なお仮りに前記甲第七号証表面写に適合する原本が作成掲示されたとしても、前掲青森市公告式第三条によれば「公告ニハ発布ノ年月日ヲ記入シ市長又ハ市長代理者署名ス」るを要するに拘らず前認定のように発布の日及び市長の署名(署名は記名と異り代署を許さない)等を欠如しその形式を具備しない以上その効力を発生するに由がないのである。

果してそうだとすれば本件市長条例はまだ外部に対する効果を発生せず従つて亦これを施行する根拠はまだ全然存在しないから既にその効力が発生したことを前提とする本件市民税賦課処分も亦その前提を欠如し法律上当然無効であり又かような本来無効な行政処分に基き納税義務を賦課された原告は、即時右無効確定を訴求する権利保護要件を具備することは論を俟たない所であるから原告の本訴請求は理由があるものとしてこれを認容しなければならない。

最後に本訴請求に行政事件訴訟特例法第十一条適用の可否について一考するに同条は裁判所が行政処分の取消又は変更訴訟の結果該処分が成程違法ではあるがこれを取消し若しくは変更することが諸般の事実上公共の福祉に適しないと認めるときは請求を棄却することができる趣旨を規定しているが本訴請求のように行政処分の無効確認を目的とする場合にはその適用がないことは同条の文理解釈上一点の疑義を挿む余地がないのみならず行政処分の無効はその取消又は変更の場合と異り本来行政処分の瑕疵欠陥が法規上到底救済すれば竟に無から有を生じさせる結果を招来し従つて又司法裁判所が積極的に行政処分を敢行すると毫も選ぶところがないことになりかくて三権分立の趣旨を強調する憲法の律意にも背戻するに至るであろう。

唯ここに纔かに問題となるのは被告が今直ちに本件市民条例につき適式の公告をした場合である。無効の行為はこれを追認してもその効力を生ぜず新らたな行為をしたものと看做すより外途がないことは私法の建前であるからこの法理が本件のような公法上の行為にも当嵌るとすれば新公告後なされた市民税賦課処分は固より有効であるがそれ以前なされた同処分は遡及的に有効となるものでない。がしかし、一般に行政処分は必ずしも法律上の法理で律すべきではない。

本件において証人江口梅太郎の供述により明白であるように、既に本件条例に基く市民税賦課徴収処分が殆んど終了した今日狂瀾を既倒に廻らすような裁断取扱は無論公私の福祉に副う所以ではないから本件賦課処分に前叙遡及的有効性を認めても必ずしも不当でないかも知れない。

しかし本件条例につき昭和二十三年二月二十日経過後新たに公告がなされたことについては被告は毫も主張及び主証せず寧ろかような公告がなかつた旨主張していることは被告の答弁自体に徴し明瞭であるから現在はまだ叙上遡及的有効性の可否を論議する時期ではない。

よつて原告の本訴請求は理由があるものと認め訴訟費用の負担につき行政事件特例法第一条民事訴訟法第八十九条第九十五条に則り主文のように判決する。

(裁判長判事 中川毅 判事 石井謹吾 判事 大黒正恭)

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